人類が史上初めて宇宙で行ったスポーツとは?

人類が史上初めて宇宙で行ったスポーツはゴルフスポーツ

人類が宇宙に進出して半世紀以上が経過した。宇宙事業や科学の領域での進展は目覚ましいものがある。しかし、宇宙は多くの人々にとっては、まだ遠い存在だ。宇宙飛行士や研究者といったごく一部を除き、一般市民が生活をする場ではないからだ。スポーツといった文化が宇宙に根付くのは、まだ先のことだろう。

しかし、死といつも隣り合わせだった宇宙開発の黎明期に、地球外でスポーツが行われていたというのだ。

人類が史上初めて宇宙で行ったスポーツ

アポロ14号で月面ゴルフ

人類が史上初めて宇宙で行ったスポーツは、ゴルフだと言われている。

アメリカ航空宇宙局(NASA)の有人宇宙飛行計画の一環で、アポロ14号は1971年1月31日〜2月9日にかけて、9日間のミッションを行った。

アポロ13号が爆発して月面に着陸できずに九死に一生を得て、地球に帰還した事故が起きたことから、問題を検証し修正するために打ち上げは延期されていた。

そんな緊迫した状況にも関わらず、アラン・シェパード船長は複数のゴルフボールと特注クラブを大事に靴下に入れて船内に忍ばせていたのだった。

1月31日にサターン5型ロケットが打ち上げられた。3人の乗組員のうち、アポロ司令・機械船の操縦士のスチュアート・ルーサは、月周回軌道に残り、科学実験や月の撮影を行った。

アラン・シェパード船長は、エドガー・ミッチェル月着陸船操縦士と月面に向かい、2月5日にフラ・マウロ丘陵に無事着陸した。

そこでは2度の船外活動(EVA)で写真撮影や科学実験を行い、42.80kgの石を採取した。最初の船外活動(EVA)は4時間47分50秒だった。そして2月6日に行われた2回目のEVAは4時間34分41秒だった。激務で呼吸と心拍数が上がった2度目のEVAの終わりにカメラの視界に入ると、アラン・シェパード船長は長年あたためていた計画を実行に移したのである。

「ヒューストン、私が手に持っているのは予備のサンプルリターンのハンドルだと認識しているかもしれません。その先には、どうやら本物の6番アイアンが付いています。左手に小さなゴルフボールがあります。それを落とします。 残念ながら、スーツはとても硬いので、両手でこれを行うことはできません。 でも、ここでサンドトラップ・ショットを少し試してみましょう」

船長の右手には、特注クラブが握られていた。これはサンプル採取器具の先に改造したウィルソンの6番アイアンのゴルフクラブヘッドを取り付けたものだ。重量は16.5オンス(約468g)と、やや重いが月面では軽く感じたに違いない。

EVAスーツはゴワゴワした作りのため腕の可動域に限りがあり両手でグリップすることができず、バックスイングは少ししかできず、おまけに足元はバンカーのように深く砂が積もっている。

1回目のスイングでシーンとなるとエドガー・ミッチェル月着陸船操縦士が、すかさずツッコミを入れた。「さっきは、ボールというよりも砂を打っていたぞ」

2回も砂に引っかかり、ボールは前ではなく横に少し転がっただけだった。

アラン・シェパード船長は「さあ、もう一回行くぞ」と言って、気を取り直して3スイング目。

「真っ直ぐに行った。もう1発だ」

4スイング目は会心の当たりで球が飛ぶやいなや、アラン・シェパード船長は遠くを眺めながら「何マイルも、何マイルも行った」と誇らしげに叫んだ。

無事帰国も成果には落胆の声も

2月9日に3人の宇宙飛行士を乗せたキティホークは、米領サモアの南約765海里に着水。その後、ヘリコプターに乗せられて米国本土に無事に帰還した。3人にとって、これが最後の宇宙ミッションになった。

多くの収穫をもたらした一方で、地球側の科学者の中には、アポロ14号の成果に満足しない者もいたとされる。重要な探査地点であるコーンクレーターで採取された岩石は限られており、想像以上に足場が険しくクレーターの縁には到達できなかったことに地質学者たちは落胆した。

ちなみにゴルフ総本山である英国スコットランドのロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフクラブ(R&A)も、アラン・シェパード船長の偉業を祝福したが、バンカーについた足跡を均さなかったのはマナー違反だと指摘するウィットに富んだ冗談も添えられていたという。

閑散としたコースのバンカーで、宇宙服を着て練習

ゴルフはアポロ14号の公式な任務にはなかった。では、なぜ野球ではなくゴルフだったのだろうか。アラン・シェパード船長が根っからのゴルフ好きだったからだが、それだけではなく切っ掛けがあった。

いつもゴルフクラブを持ち歩いていることで有名な俳優ボブ・ホープが、ヒューストンにあるNASAの施設を訪れた1970年に冗談で月面ゴルフの話が出て、アラン・シェパード船長は、地球の6分の1である月の重力を実証するムーン・ショットのアイデアを思いついたという。

サプライズの企画として、このムーンショット計画は極秘裏に進められた。ヒューストンにあるリバー・オークス・カントリークラブのジャック・ハーデンがクラブヘッドを作り、NASAの技術支援で仕上げた。製作費用はアラン・シェパード船長の自費だったと言われている。

ヒューストンにあるコースに人がいない時に、アラン・シェパード船長は約100kgもある宇宙服を着て、バンカーでスイングを練習していたという。

当初、NASAのディレクターであるボブ・ギルルースは「絶対に駄目だ」と反対したが、詳細を説明しゴルフボール2つとクラブは納税者に負担はかからないとし、全ての探査や任務が問題なく終了した場合にのみ実行に移すと約束したことで、許可が下りた。

月面ゴルフのリプレイ「本当のムーン・ショット」

月面の任務を終えると、アラン・シェパード船長は、陽気な声でヒューストンに話しかけ、自ら実況しながら4回のスイングを行った。

最初の2回のスウィングは砂に引っかかった。ボールではなく月を打ったのだから、これが本当のムーン・ショットかもしれない。気を取り直した3回目でボールに真っ直ぐ当たった。そして4回目のショットは、さらにクリーンヒットした。

月面ゴルフクラブ争奪戦が勃発

アラン・シェパード船長は地球に戻った後、このクラブは自分のそばに置いていたが、1974年の全米オープンのウィングドフットでクラブを全米ゴルフ協会(USGA)に寄贈し、ニュージャージーにあるUSGA博物館に展示された。そして作成したレプリカは、スミソニアン国立航空宇宙博物館に渡された。このクラブは、USGAの人気のある展示品の一つだ。

実はこの話の裏には興味深いやり取りがあった。NASAがスミソニアンでの展示を検討しているとアラン・シェパード船長に伝えると「もうUSGA博物館に寄贈してしまった」という返事があったという。NASA側が「それは政府が所有するものです」と言ったため、レプリカが作られ寄贈して、おさまったのだとか。当初は月面ゴルフ計画に猛反対していたNASAだが、手のひらを返したような熱の入れようだ。

USGA委員会のメンバーだった著名な歌手ビング・クロスビーが1972年に「USGA博物館がそのクラブの理想的な保管場所になる」という趣旨の手紙をアラン・シェパード船長に書いたことで、その貴重な月面クラブの寄贈を決めたとも言われている。

アラン・シェパード船長が実物を本当にUSGAに寄贈してしまったことは、もしかしたら宇宙よりもゴルフの方が好きだったのかもしれないと思わせるエピソードだ。それとも先着順を尊重したのだろうか。

USGAは通常のゴルフクラブと比較して、アラン・シェパード船長のクラブの外観が変わったもので興味深いとしている。

アルミニウムとテフロンで作られた5つに分解できるサンプル採取器具に、ウイルソン・スタッフ ダイナパワー6番アイアンヘッドが取り付けられている。分解式のゴルフクラブは通常、使われないが、ロケット打ち上げの際は、厳格な重量の管理が行われるため、このような工夫が施されたのだった。

歴史的偉業の伏線 テスト飛行で橋をくぐる非行

「これまでのところ、月面でゴルフをしたのは私だけだ。おそらく、しばらくの間は、そうだろう」と語ったアラン・シェパード船長。

1969年7月21日にアポロ11号のニール・アームストロングが人類史上初めて月面を踏んだ。そして史上5人目で47歳と最年長として月面に降り立ち、初となる宇宙でのスポーツを行ったアラン・シェパードは、1998年の同じく7月21日に74歳でこの世を旅立った。

実はアラン・シェパードが偉業を成し遂げる伏線とも言える出来事が、遡ること海軍パイロット時代にあった。

メリーランド州のパタクセント・リバー海軍航空基地でテストパイロットをしていた際、テスト飛行にもかかわらず、超高速・超低空でチェサピーク・ベイブリッジ(橋)をくぐるという曲芸を行ったことで軍法会議にかけられそうになった。しかし、上官の努力でどうにか事なきを得た。

その後、NASAが設立されて間もない1959年に第1期宇宙飛行士「マーキュリー・セブン」の1人に選ばれた。アラン・シェパードは技量、度胸、冒険心そして類まれなる遊び心があったからこそ、歴史をつくることができたのだろう。

人類史上、宇宙で2番目のスポーツは「やり投げ」

実はアポロ14号のミッションで、人類史上2つ目となる宇宙でのスポーツも行われていた。

アラン・シェパード船長に触発されたのか、エドガー・ミッチェル月着陸船操縦士は、採取器具のハンドルをやり投げのようにして飛ばした。

アラン・シェパード船長が「今世紀最大のやり投げがあります」と言うと、エドガー・ミッチェルは「そうなるか見てみよう」といって左手で解き放った。

アラン・シェパード船長は「素晴らしい! クレーターの真ん中に飛んだ」と感嘆の声を上げた。

エドガー・ミッチェルも「まったく悪くなかったなー」と納得のパフォーマンスだった。そのやりは、仲良くアラン・シェパード船長の一打目の近くに着地した。

こちらは、元々あった装備品を投げたというかなりシンプルなもので、即興だった感がある。

エドガー・ミッチェルがNASAの許可を得ていたかは不明だが、とがめを受けることはなかったに違いない。

人類で6番目に月の地を踏んだエドガー・ミッチェルは、奇しくもアポロ14号打ち上げの45周年にあたる2016年2月4日に、85歳でアラン・シェパード船長の元に旅立った。

アポロ14号のアラン・シェパード船長は、飛距離を誇張していた?

著者:長田拓也 Takuya Nagata Amazon Profile

小説作家、クリエーター。ブラジルへサッカー留学し、リオデジャネイロにあるCFZ do Rio(Centro de Futebol Zico Sociedade Esportiva)でトレーニングに打ち込む。日本屈指のフットボールクラブ、浦和レッズ(浦和レッドダイヤモンズ)でサッカーを志し、欧州遠征。若くして引退し、単身イングランドに渡り、英国立大学UCAを卒業。スペイン等、欧州各地でジャーナリスト、フットボールコーチ、コンサルタント等、キャリアを積む。クリエーティヴ系やテクノロジー畑にも通じる。ダイバーシティと平等な社会参加の精神を促進する世界初のコンペティティヴな混合フットボール「プロプルシヴ・フットボール」(プロボール)の創設者。

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参照:
https://www.usga.org/content/usga/home-page/articles/2021/02/shepard-moon-club-50th-anniversary-usga-museum.html
https://www.usga.org/content/usga/home-page/articles/2019/02/three-things-alan-shepard-moon-club.html
https://www.nasa.gov/centers/johnson/rocketpark/apollo_14.html
https://airandspace.si.edu/collection-objects/head-golf-club-apollo-14-replica/nasm_A19751468000
https://airandspace.si.edu/exhibitions/apollo-to-the-moon/online/later-missions/apollo-14.cfm

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